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東京地方裁判所 平成7年(ワ)19495号 判決

原告

森永由男

ほか三名

被告

三上佳織

主文

一  被告は、原告森永由男に対し金二七三八万七八〇五円、同森永由美子に対し金一〇二五万三九〇二円、同森永英男に対し金一〇二五万三九〇二円、同東石ハツキに対し金五〇万〇〇〇〇円及びこれらに対する平成六年一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分して、その二を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分につき、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

被告は、原告由男に対し金四九八〇万七八六二円、同由美子に対し金一八四八万四三三四円、同英男に対し金一三四八万四三三四円、同東石ハツキに対し金一〇〇万円及び及びこれらに対する平成六年一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告

請求棄却

第二事案の概要

本件は、交通事故により死亡した亡森永アキヨ(以下「亡アキヨ」という。)と親族関係にある原告らが、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成六年一月四日午後一一時二〇分ころ

(二) 場所 東京都練馬区中村南一丁目三三番先交差点(右交差点を「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(所沢五七ね七八八〇)

被告運転

(四) 被害車両 普通乗用自動車(練馬三三も八九五四)

原告由男運転

(五) 態様 被告は、加害車両を運転し、野方方面から千川通り方面に向かい本件交差点に進入し、左方道路から進行した原告由男運転に係る被害車両の右前部に自車左前部を衝突させ、被害車両に同乗していた亡アキヨに頭蓋骨骨折を伴う頭部打撲等の傷害を負わせ、同月五日外傷性脳機能障害により死亡させた。

2  責任原因

被告は、前記日時場所において、加害車両を運転し、交通整理の行われていない本件交差点を野方方面から千川通り方面に向かい直進するに当たり、同交差点の手前には、一時停止の標識が設置されていたのであるから、同交差点の停止位置で一時停止をして、左右道路の交通の安全を確認して進行すべきであるのに、これを怠り、漫然時速四〇キロメートルの速度で交差点に進入したため、折から中杉通り方向から環状七号線方向に向かい進行してきた被害車両に気が付かないままに、加害車両を衝突させた。本件事故は、一時停止の標識を無視し、また左右道路の交通の安全の確認を怠つた過失により惹起されたものであるから、被告は、民法七〇九条の責任を負う。

3  原告らの地位

亡アキヨの相続人は、夫である原告由男、長女である同由美子、長男である同英男の三名である。同東石ハツキは、亡アキヨの母である。

二  争点

1  損害額に関する原告らの主張

(一) 亡アキヨに発生した損害 三三九三万七三三六円

(1) 逸失利益 二三九三万七三三六円

亡アキヨは、死亡当時五二歳の主婦であつた。そこで、基礎収入として平成五年賃金センサス女子労働者学歴計の平均年収額、就労可能期間として一六年(平均余命三二・二一の約二分の一)、生活費控除率を三〇パーセントとして計算する。

3,155,300×(1-0.3)×10.8377=23,937,336

(2) 慰藉料 一〇〇〇万〇〇〇〇円

(二) 原告由男固有の損害 三二八三万九一九四円

(1) 葬儀費用 四六四万八五〇四円

(2) 仏壇購入費 四〇万〇〇〇〇円

(3) 墓所工事費代金等 一〇一八万〇六九〇円

(4) 固有慰藉料 一〇〇〇万〇〇〇〇円

(5) 弁護士費用 七六一万〇〇〇〇円

(三) 原告由美子固有の損害(慰藉料) 一〇〇〇万〇〇〇〇円

(四) 原告英男固有の損害(慰藉料) 五〇〇万〇〇〇〇円

(五) 原告東石ハツキの損害(慰藉料) 一〇〇万〇〇〇〇円

(六) 相続(原告東石ハツキを除く。)

(1) 原告由男分

同原告の損害額は、亡アキヨに生じた損害の相続分一六九六万八六六八円に、固有の損害三二八三万九一九四円を加算した四九八〇万七八六二円となる。

(2) 原告由美子分

同原告の損害額は、亡アキヨに生じた損害の相続分八四八万四三三四円に、固有の損害一〇〇〇万〇〇〇〇円を加算した一八四八万四三三四円となる。

(3) 原告英男分

同原告の損害額は、亡アキヨに生じた損害の相続分八四八万四三三四円に、固有の損害五〇〇万〇〇〇〇円を加算した一三四八万四三三四円となる。

2  過失相殺についての被告の主張

右方の見通しの悪い本件交差点に進行した場合、徐行すべき注意義務があるにもかかわらず、原告由男は、減速せず、制限時速を約一〇キロメートル上回る時速約四〇キロメートルの速度で漫然と進入した点に過失がある。亡アキヨは、被害車両に同乗するに際し、シートベルトを着用していなかつた。原告らの損害の算定に当たり、原告由男に過失があること及び亡アキヨがシートベルトを着用していなかつたことを斟酌すべきである。

第三証拠

証拠関係目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第四争点に対する判断

一  事故状況及び過失相殺について

甲第一、二号証、第六号証ないし第八号証、乙第一号証ないし第一七号証及び弁論の全趣旨ならびに前記争いない事実を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  加害車両の進行道路は、幅員約六メートル(路側帯部分二・四メートルを含む。)であり、制限時速四〇キロメートルの交通規制がされ、また、交差点手前左側に一時停止の標識が設置され、路上に大きく「とまれ」の表示がされていた。加害車両からの左方向の見通しは良好ではない。一方、被害車両の進行道路は、幅員一〇・八メートル(車道部分の幅員七メートル)、片側一車線の歩車道の区別ある道路であり、制限時速三〇キロメートルの規制がされている。被害車両からの右方向の見通しは良好ではない。

いずれの道路も、舗装され、平坦であり、本件事故当時は乾燥していた。

本件事故現場は、両道路の交差する、信号機による交通整理の行われていない交差点であり、本件事故当時、交通は閑散であつた。夜間は、街路灯で照らされ、明るい状態であつた。

(2)  被告は、平成六年一月四日午後一一時二〇分ころ、加害車両を運転して、杉並区高円寺の知人宅を訪ねた後、自宅へ向かつたが、帰途道に迷つたため、本件交差点を、野方方面から千川通り方面に向かつて進行することとなつた。同交差点の手前には、一時停止の標識が設置され、また、同交差点の手前路上に一時停止の表示がされていた。しかし、被告は、道に迷つて焦燥していたこともあり、前方に交差点があることすら気付かず、したがつて一時停止の規制があることに気付かないまま、漫然時速約四〇キロメートルの速度で、本件交差点に進入した。一方、原告由男は、入院中の原告由美子の付添看護を終えた亡アキヨを同乗させて、被害車両を運転して、自宅に帰る途中、本件交差点を、中杉通り方面から環状七号線方面に、時速約四〇キロメートルの速度で進行した。

(3)  被告は、折から右方道路から進行してきた被害車両に気が付かないままに、前記速度で進行したため、被害車両右前部に、自車左前部を衝突させ、被害車両は、交差点出口付近に設置されていたオーバーハング標識柱に衝突した。右事故により、原告由男は、加療六週間を要する傷害を負い、被害車両に同乗していた亡アキヨは、頭蓋骨骨折を伴う頭部打撲等の傷害を負い、同月五日外傷性脳機能障害により死亡した。

右認定した事実によれば、本件事故は、被告が、交差点に進入するに際し、一時停止の規制があることを認識せずに、漫然時速約四〇キロメートルで進行し、かつ、左右の安全確認を怠つた過失により惹起されたものであるから、被告は民法七〇九条の責任を負う。後記二1(二)に述べるとおり、被告の責任は重大であるというべきであるが、他方、原告由男にも、制限時速三〇キロメートルを約一〇キロメートル超える速度で交差点に進入していたことに過失があり、この点を考慮すると、本件事故により生じた亡アキヨ及び原告らの損害(原告由男と生活上一体関係にない原告東石ハツキの損害については除く。)から、過失相殺として、一割に相当する金額を控除するのが妥当である。なお、亡アキヨは、シートベルトを着用していなかつたことが窺われるが、シートベルト不着用の点と同人の死亡との因果関係は必ずしも明らかであるとはいえないので、右の点は斟酌しない。

二  損害額について

前掲各証拠及び甲第三ないし第五号証、第九号ないし第三五号証によれば、原告らの損害は次のとおりであると認められる。

1  亡アキヨに発生した損害 三三五七万二九〇一円

(一) 逸失利益 二三五七万二九〇一円

亡アキヨは、死亡当時五二歳の主婦であつた。そこで、基礎収入として平成六年賃金センサス女子労働者学歴計全年齢の平均年収額、就労可能期間として一五年(ライプニツツ係数を採用)、生活費控除率を三〇パーセントとして計算すると、以下のとおりとなる。

3,244,400×(1-0.3)×10.3796=23,572,901

(二) 慰藉料 一〇〇〇万〇〇〇〇円

慰藉料額(後記原告らの分を含む。)については、前掲各証拠によつて認められる以下のとおりの事実等を考慮して、その額を認定した。すなわち、〈1〉被告は、夜間、交通閑散な住宅街にある交差点に進入するに当たり、一時停止の標識等を全く認識せずに、また、左右の安全確認をしないで、漫然四〇キロメートルの速度で交差点に進入した点(この点、被告は、はじめての道を通るのであるから、特に注意して運転しなければならないにもかかわらず、前方及び左右を注視することなく進行したため、進路前方に交差点があることすら気が付かなかつた点で、被告の過失は著しいといえる。)に照らすと、被告の責任は重大であること、〈2〉亡アキヨは、別の交通事故で、植物状態に陥り、入院していた原告由美子を泊り込みで付添看病をしていたところ、家族で正月を過ごすために、帰宅する途中に本件事故に遭遇したこと、〈3〉原告由男の悲しみは極めて深いものがあること等、本件事故の態様、原告らの家族構成、亡アキヨの生前の生活状況、家庭内での役割その他一切の事情を考慮すると、亡アキヨが本件事故により死に至つたことによつて被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、原告らの固有の慰藉料を含め総額二四五〇万円と認めるのが相当である(亡アキヨ及び原告らの各慰藉料の額は、各欄に記載するとおりである。)

2  原告由男固有の損害 九二〇万〇〇〇〇円

(一) 葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円

本件事故と相当因果関係のある損害は、右のとおりである。

(二) 固有慰藉料 八〇〇万〇〇〇〇円

3  原告由美子固有の慰藉料 三〇〇万〇〇〇〇円

4  原告英男固有の慰藉料 三〇〇万〇〇〇〇円

5  原告東石ハツキ固有の慰藉料 五〇万〇〇〇〇円

6  相続分の合算及び過失相殺

(一) 原告由男

同原告の損害額は、亡アキヨに生じた損害の相続分一六七八万六四五〇円に、固有の損害九二〇万〇〇〇〇円を加算した二五九八万六四五〇円となる。

前記の割合により過失相殺をした後の損害額は、二三三八万七八〇五円となる。

(二) 原告由美子及び同英男

同原告らの損害額は、それぞれ、亡アキヨに生じた損害の相続分八三九万三二二五円に、固有の損害三〇〇万〇〇〇〇円を加算した一一三九万三二二五円となる。

前記の割合により過失相殺をした後の損害額は、一〇二五万三九〇二円となる。

(三) 原告東石ハツキ

同原告の損害額は、固有の損害五〇万〇〇〇〇円となる。なお、原告由男の過失を斟酌して過失相殺をすることは相当でないと解される。

7  弁護士費用 四〇〇万〇〇〇〇円

本件訴訟の経過等に鑑み、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用に係る損害として、右金額を相当と認めることができる。原告由男に係る前記損害額二三三八万七八〇五円に右弁護士費用四〇〇万〇〇〇〇円を加算すると、同原告の損害額は、合計二七三八万七八〇五円となる。

第五結論

原告由男、原告由美子、原告英男及び原告東石ハツキの各請求は、それぞれ、二七三八万七八〇五円、一〇二五万三九〇二円、一〇二五万三九〇二円及び五〇万〇〇〇〇円並びにこれらに対する不法行為の日である平成六年一月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余の請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 飯村敏明)

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